日本のクリエーターはなぜ金持ちになれないか

サンキュータツオさんのblogの記事が面白かったのでClip。

日本のクリエーターはなぜ金持ちになれないか
続・日本のクリエーターはなぜ金持ちになれないか

当時僕も違和感を持ったので、国際メディア芸術総合センターのくだりは頷けた。
まあ、何とはなしに麻生さんが言い出したという部分で純粋な文化の保存という
観点で論じられづらい感じになったような気がしなくもないが。
しかしホントにアニメーターの方達の生活改善は成されれば良いなあと思います。
お世話になってるし。

中間搾取のしすぎはやめれ。

6 comments:

しんた(処女穏健派) さんのコメント... 2009年8月6日 20:30

例えばアニメであれば、現状でのテレビというメディアは見限るべき!舐め腐らしとる!

kob. さんのコメント... 2009年8月6日 21:32

>しんた
この先はかなり状況変わっていくやろな。
ぜんぶダウンロードコンテンツになったりするんやろか。

koi さんのコメント... 2009年8月12日 22:28

スポンサーという呪縛…。
シリーズものやとファンが出資するとかは…?
ガンダムの事をネットで調べてたら、ファンの方がよっぽど分かりやすく問題点を指摘してるようなのよね。
まぁでも、これはこれで品質一辺倒になりそうやし、とにかくもめそう…。続けようと思ったら、売り上げ(商売っけ)も多少必要やしなぁ。

でも、アニメーターの人の労働条件の悪さは、システム云々能力云々以前に、普通の労働と照らし合わせてもおかしいと思う。

「お金」とか「システム」という切り口だからかなぁ。思っている事同じなはずなのに、自分の思いとどこかズレてるような…。イヤ、一緒か…。
スポンサーの権力が肥大し過ぎてるってことをこの人は問題視してるんだよね。
スポンサーもクリエーターも平等であるべきだと言ってるんだよね。
じょあ、やっぱり一緒か。。

私的には、ハードルを課せられることによって、良い作品を生み出されることも大いにあると思うので、クリエーター絶対王権も違うんですよね。。。
ただ、今の状況は、スポンサーとクリエーターの間の力関係があまりに不均衡すぎる。
そうなると、いいクリエーターの誕生こそが問題を打破する突破口になりそうなんですが、そのクリエーターを生み育てる土壌があまりに育ってないことが気になります。

アニメーターとは違うんだけど、会社に入ってよく分かったのは、「世の中の人はそれほどデザイナーを求めていない」ということだったりします。
コピーで満足できるんですね。
コピーが出来てそつなくアレンジ出来る人は即デザイナーになれてしまう。。。。。
それは、物を作る側の人間にとってみたら「楽」な事だと思うけど、この「そつなく」っていうのが、どうもね…。
私なんかは末端は末端のデザイナーなんで、その「楽」にのっかっちゃえ〜、って感じで、特に主張やこだわりがあるわけではないけど、これからのクリエーターって呼ばれる人って、そういう人ばっかで埋め尽くされるのかなぁ、と思うと何か気持ち悪いです。

やっぱりまとめられなかった。
言葉って難しいね。

kob. さんのコメント... 2009年8月13日 1:28

>koiさん
リンク先にもあるのだけれど、結局のところ想いのちがうもの同士が組んで、一つの事を為そうとしなければ立ち行かないシステムに既になってしまっているのが問題なんではないですかね。
本当にアニメが好きだから頑張って創ってくれなんて思ってスポンサードしてる人なり企業なんてのがどれだけ居るのか。居たとしても何処まで力を持ちうるのか。

人種的に日本人には「私にはクリエイティビティはないので、お金を出すという形で参加させて欲しい。」という発想が出にくいし、あったとしてもその流れの大きくなりにくい思想の民族なんだろうなと思います。
だから結局、思惑の違うもの同士が組んで力の強弱が生まれ、それが循環してどんどんダメな流れになるのだろう、と。

だけどこの先テレビがより衰退してネットなど他の媒体にとってかわられた時、また違う流れも生まれるんじゃないかなとも思いますけどね。それがよい方向に働けばいいとは思いますが。

だけどそういうシステムを作る事に力を持つのは結局クリエイトじゃない側の人間だったりするんだよなぁ。

kob. さんのコメント... 2009年8月13日 1:50

>koiさん
koiさん自身はクリエイターとかデザイナーと呼ばれる人(本当は一緒くたにしたらいけない
とは思いますが)に求めたいモノってなんですか?

僕はコピーアレンジはかまわないと思ってますし、基本的な必須能力だとさえ思います。
結局のところ、世にある大概ほとんどのものは焼き直しにすぎないとも。
もちろんそのまま丸写す、パクる、ってのは論外なんですが。
それよりも、どこでそれを持ってくるのか、という論理的でありかつセンスある選択が
出来るか、が重要だと思います。
それに本当のオリジナル、無から有を生み出せるなんていう人は
商業的立場においても才能という面においても、本当に一握りなんではないですかね。

koiさんが感じた事ってきっと多くのデザインに携わる人が感じる事だとは思うし、
僕自身感じていた事でもあるんですが、それはきっと多くの場合、結局は自分の
立っている位置、そして意識の問題に帰結するのではと思います。

どんな場所に居て、どんな環境で、どんな事を求められるのか…


世の中って、突き詰めれば本当は不必要だったり、どうでもいい事がかなり多いと思うの
です。ある意味では狭義のデザインなんてのは多くの人の中で本当はどうでもいい事に
分類されることも多いと思います。

だけどそのどうでもいい事をどうでもよくないと思っている人達が居て、その人達に
とってどうでもいい事をまたどうでもよくないと思っている人達がいて。それも巡る
わけじゃないですか。

だから、どうせどうでもいい事やるなら自分にとってはどうでもよくない事をやろう、
それでいいんじゃないですかね。
その行為をしてクリエイターというかどうかなんてのは他人の勝手でしかない、くらいで。
そしてそれはきっと他人に関しても同じだと思います。



あー、だめだスイマセンまとまらなかった。この事を記すにはもっと熟考と経験が
必要ですね。あと会話と。

koi さんのコメント... 2009年8月17日 20:34

テレビって死ぬのかなぁ。。。
私は、なんだかんだ言って、今のところ、テレビいけそう派です。
視聴率偏重主義に関して、CM(スポンサーとか)に関して、情報操作に関して、がらっと変えなきゃだめだろうと思うけど。。
地デジみたいに、テレビのネット化が進めば、ネットでテレビより、テレビでネットの方が子供や主婦には入りやすそう。
ネットとテレビが一体化したものを、従来通りテレビと呼んでいいかは分からないけど。


思想が違う物同士が組むという構図はよくわかるかな。
それで、儲けのために出資した人ほど、自分が儲けのために出資してるっていう自覚なさそう。
作品を理解せずに儲けだけで出資した人って、作品のすごさを理解してない分、逆に、出資してるだけで自分は「してあげた感」「徒労感」が必要以上にその人の中で膨れ上がっていって…、で、本人は儲け心なしで文化のため出資したつもりになってる気がする…。

技術の流出はすごく私も気になる。
きっかけは、ただただ、自分の好きなアニメのスタッフロールが外国人だらけでショックやったってだけやけど、ね☆
いいじゃん、いいじゃん、みんなで切磋琢磨していけば…、っていうのもわかるんだけども、後継者が育つ土壌が無い上に、技術の流出は。。伝統工業みたいに先細りになっちゃうよ。。

kobaさんの方から、「人種」ということばがでてくるとは。。!結構意表やったかも。。
確かに、日本人って「輪(悪く言えば徒党)」をつくりたがるわりには、「ムーブメント」みたいのをおこしにくい人種かも。不器用に個人主義な人種。
なんだかんだ言っとりますが、結局、私は日本のアニメや漫画が好きだから、それを作る人に優しくしたげてほしい。ってだけなんやけどね。

私は、人様のブログでよくしゃべるなぁ。しかも、これでもはしょったつもり。

本当は、自分の気持ちを伝える時は、一言で納められたらなっていう憧れがあるんやけど…。
精進します。
続きは明日。

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