秋の日、冬の手前。

自転車で久々に、2〜3時間程の散策をしてきた。
今住んでいる街と、地震前まで住んでいた小学生時代を過ごした隣街を。

暗くなるまで一生懸命に遊んだ、探検をした、秘密基地を作った場所達は たった2〜3時間、自転車でまわりきれるような範囲、その中にあった。
今では少し足を伸ばす気持ちで行けば着いてしまうような、さもすれば通り過ぎてしまうような場所にでも あの頃はWONDERを感じていたし、キラキラしたものを見ていた。
背が高くなり、物理的に視点も高くなり、見ている景色は変わってくる。だけどきっと、その過程で不必要な視点の高さを自分で作ってしまい、色々なものを見えなくしてしまっているのだろう、あの頃のような心の動きを感じる事が少なくなってしまっているように思う。
空が青かったり、太陽が照っていたり、すこしヒンヤリとする風が木陰を吹き抜ける。日々に追われると、いつの間にかそういう事に気をとめなくなっている自分がいる。ただそれだけでも本当はそこに幸せは見いだせるはずなのに。
毎日仮想の世界でクリックを繰り返すだけのような日々が何を生み出すのだろう。そこに自分の想いとか願いが載っていないのなら、きっとそこには何もない気がする。

そこにWONDERはあるか?
美しい日々を送っているか?

今はどうしようもなく立ち止まってしまっている自分にいらだちを覚える。
一度折れたものはそう簡単に戻す事は出来ない。だけどいつかは傷を覆いこんでより太く育てなければいけない。
強くあらねば。そして不必要なフィルターをどんどん捨てていかなければ。

そのうえで、ゆったりと、自然体でありたいのだ。

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